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大阪地方裁判所 昭和48年(ワ)169号 判決

原告

山田一雄

被告

北村酒造株式会社

主文

一  被告は原告に対し金四五〇万六二九五円およびこれに対する昭和四八年二月六日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを三分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

四  この判決は一項にかぎり仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

1  被告は原告に対し金六四六万四七八一円およびこれに対する昭和四八年二月六日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  被告

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二請求原因

一  事故

原告は、つぎの交通事故により傷害を被つた。

1  日時 昭和四六年五月一〇日午後三時五分ころ

2  場所 茨木市駅前一丁目一〇番八号先交差点

3  加害車 普通貨物自動車(大阪四一に九九九八号)

運転者 山根幹男

4  態様 原告が前記交差点横断歩道上を南から北へ歩行中、西進してきた加害車が同人に衝突し転倒させた。

二  責任原因

1  運行供用者責任(自賠法三条)

被告は加害車を所有し、自己のため運行の用に供していた。

2  使用者責任(民法七一五条第一項)

被告は、その営む裏業のため、山根幹男を雇用し、同人が被告の業務の執行として加害車を運行中、前方注視義務を怠つた過失により本件事故を発生させた。

三  損害

1  傷害、治療経過等

(一) 傷害

頭部外傷、頭部裂創、左腓骨骨折、左膝胸部挫傷、意識障害を伴う脳内出血の疑い、外傷性頸部症候群、外傷性バレーリヨー症候群

(二) 治療経過

(河合病院関係)

昭和四六年五月一〇日から同年六月一一日まで三三日入院

同年六月一二日から同年九月一六日まで通院

(富永脳神経外科病院関係)

昭和四六年九月一七日から同年一〇月一二日まで通院

同年一〇月一三日から同年一二月一〇日まで五九日入院

同年一二月一一日から昭和四七年五月一五日まで通院

同年五月一六日から同年六月四日まで二〇日入院

(大阪医科大学付属病院関係)

昭和四七年六月六日から同年六月二六日まで通院

同年六月二八日から同年七月七日まで一〇日入院

(藍野病院)

昭和四七年七月一九日から入院継続中

(三) 後遺症

頭部外傷後遺症(頭痛、記憶力障害、発語障害等)

2  損害額

(一) 治療費 金一五六万五一五八円

前記各病院における入通院治療費として、昭和四九年八月二二日までの間に右金額を要した。

(二) 入院雑費 金二七万五一〇〇円

前記入院合計九一七日間の雑費として、一日金三〇〇円の割合による右金額を要した。

(三) 付添看護費 金四万二四七六円

富永脳神経外科病院入院中付添看護を必要とし、右金額の付添看護費を要した。

(四) 休業損害 金一〇五万円

原告は事故当時六四才で、妻および長男とともに大衆食堂を営み収入を得ていたが、本件事故により就労は全くできず、かつ、妻も付添看護その他でほとんど仕事ができない状態となり、昭和四六年五月一〇日から昭和四八年一月九日まで二〇か月休業を余儀なくされたもので、少なくとも原告と同年令の男子有職者の平均賃金月額金五万二五〇〇円を基礎とした二〇か月間の合計金一〇五万円の損害を被つた。

(五) 将来の逸失利益 金一一三万二〇四七円

原告は、前記後遺障害のため、その労働能力を三五パーセント喪失するに至つたが、それは、昭和四八年一月から向う六年間継続し、その間右労働能力喪失率に応じた減収を招くものと考えられるから、この逸失利益を前記月額を基礎とし、年別のホフマン式により年五分の割合による中間利息を控除して算定すると、金一一三万二〇四七円となる。

(六) 慰藉料 金二五五万円

原告の傷害の内容、治療経過、後遺症の内容、程度等からすると、右金額の慰藉料が相当である。

(七) 弁護士費用 金四〇万円

原告は、本訴の提起、追行を弁護士に委任し、報酬等として金四〇万円を支払う旨約諾している。

3  損害の填補

原告は、被告から金五五万円の支払を受けた。

四  結論

よつて、原告は被告に対し本件事故に基づく損害の賠償として金六四六万四七八一円およびこれに対する本件訴状送達の翌日である昭和四八年二月六日から支払ずみまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

第三請求原因に対する答弁および主張

一  請求原因一、二の各事実は認める。

同三の事実のうち、損害の填補については原告の自認を援用し、その余は争う。原告主張の後遺症は同人の身体状態の経年的変化によるもので、本件事故との因果関係はない。かりになんらかの関係があつたとしても、同人の症状には前記経年的要因が影響しているものと考えられる。

二  原告主張の治療費、入院雑費、および慰藉料のうち、昭和四八年一月一〇日(請求の趣旨拡張申立書二丁表一行目の「昭和四七年」は「昭和四八年」の誤記と認める)以降の入院に伴う損害として昭和五〇年一月二一日拡張請求する部分は、本件事故から三年の昭和四九年五月一〇日の経過により時効により消滅したから、これを援用する。

三  被告は原告に対し、前記原告自認分のほか、本訴請求外の損害部分につきつぎのとおり弁済した。

(イ)  治療費 金三九万七一七〇円

(ロ)  付添看護費 金五万七九一〇円

(ハ)  雑費 金一六二五円

第四被告の主張に対する原告の認否および主張

被告が時効消滅を主張する損害部分は、原告の後遺症の存在が明らかとなり症状固定した後の療養関係費およびこれに関連する慰藉料であるが、原告としては後遺症の存在を知り得たのは昭和四七年九月二〇日以降であり、しかたがつて後遺症状固定後の治療の必要性についても右同日までは予想することができなかつたのであるから、時効はまだ完成していないというべきである。

弁済の事実は争う。

第五当事者の提出ないし援用した証拠および書証の認否〔略〕

理由

一  事故

事故の発生に関する請求原因一の事実は当事者間に争いがない。

二  責任

責任原因に関する請求原因二1の事実は当事者間に争いがない。したがつて、被告は加害車の運行供用者として自賠法三条により、原告が被つた損害を賠償する責任がある。

三  損害

1  傷害および治療経過

〔証拠略〕によれば、原告の傷害と治療経過につき請求原因三1(一)(二)に記載のとおりの事実、および昭和四九年八月二二日ころ藍野病院を退院した事実が認められ、これを覆えすべき証拠はない。

2  後遺症の存否

〔証拠略〕によれば、原告は軽度の脳器質的病変を基盤とした神経症的症状として、頭痛、記銘力障害、構音障害、歩行困難等の後遺症が昭和四七年九月二〇日当時存在するに至り、消失する見込がないこと、右症状は、事故当時六四才である原告の年令および身体状態からみて、本件事故による頭部外傷が直接原因となつて発現したものとは言えず、また、医学的には原告の脳血管障害が本件事故に基因することの断定は不可能であるが、同人の事故直後の意識障害の状態および頭部外傷部位と前記症状との対応関係の存在等から、少なくとも事故による外傷が間接的原因となつて身体の経年的変化に影響を及ぼしたものであること等の事実が認められる。

他方、〔証拠略〕によれば、昭和四六年一二月一四日当時富永脳神経外科において、本件事故による後遺症はほとんどなく、かりに存在しても原告の経年的頸椎退行性変化が関係している旨の診断がなされたことが認められ、また、〔証拠略〕によれば、昭和四六年九月一七日河合病院において傷害治癒の診断がなされたことが認められるが、右各所見は事故後四か月ないし七か月を経過した時期のものであること、および前記後遺症の内容、経年的身体変化との関連性の存在等を勘案すると、必ずしも前認定を覆えすに足りず、他にこれを覆えすに足りる証拠はない。

前認定の事実からすれば、昭和四七年九月二〇日当時存在するに至つた原告の症状は本件事故に基因する後遺症であるというべきであり、かつ、同症状の内容および同人の年令に徴し、同日以降も対症的治療を続ける必要があつたものと考えられ、同人が本件事故前から前記同様の脳器質的病変を有し加療したことを認めるべき証拠のない本件においては、同日以降の治療に関する諸費用は本件事故と相当因果関係の範囲に属する損害というべきであるが、前認定の経年的身体変化との関連を考慮すると、少なくとも慰藉料および後遺症による逸失利益の評価については、これを斟酌するのが相当と考えられる。

3  損害額

(一)  治療費 金一四三万一七八七円

〔証拠略〕によれば、前記富永脳神経外科病院における入通院以降の各病院における治療費として右金額を要したことが認められる(ただし、国民健康保険への請求分は損害から控除するのが相当であるから、右金額に含まない)。

(二)  入院雑費 金二六万六一〇〇円

前認定の各病院における入院合計八八七日間の雑費として、経験則により一日金三〇〇円の割合による右金額を相当と認める。

(三)  付添看護費 金四万二三七六円

〔証拠略〕によれば、原告は富永脳神経外科病院の入院中付添看護を必要とし、職業的看護人が付添い、右金額の費用を要したことが認められる。

(四)  休業損害 金八〇万円

〔証拠略〕によれば、原告は事故当時麺類、丼物等の飲食店を同人の妻名義で経営し、長男である山田文太郎およびその妻等の家族とともに稼働していたが、本件受傷のため就業できなくなり現在に至つていることが認められるところ、前認定の原告の傷害の内容と療養生活の経過、同人の年令、後遺症状の内容、程度および前記職業の内容等からすると、同人の事故と相当因果関係の範囲内の休業期間は、事故以降前記後遺症の残存が明らかとなつた昭和四七年九月ころまでの一六か月間と認めるのが相当であり、原告自身の収入額については、前掲山田文太郎の証言によつてもこれを認めるに十分でないが、前記職業の内容、家族らとともにする稼働の態様および〔証拠略〕により、事故当時の賃金センサスをも考慮すれば、少なくとも一か月金五万円の収入を得ていたものと認めるのが相当であるから、右月額の割合による一六か月分の金八〇万円の収入を失つたものと認める。

(五)  後遺症による逸失利益 金六一万六〇三二円

前認定の原告の後遺症の内容、程度、経年的身体変化との関連等からすると、同人は後遺症により労働能力の二〇パーセントを昭和四七年九月以降六年間に亘つて喪失したものと認めるのが相当であるから、前記収入月額金五万円を基礎とし、この間の逸失利益を年別のホフマン式により年五分の割合による中間利息を控除して求めると金六一万六〇三二円となる。

(六)  慰藉料 金一五〇万円

前記本件事故の態様、原告の傷害の内容、治療経過および後遺症に関する事実その他本件にあらわれた諸事情を考慮すると、原告に対する慰藉料は右金額が相当と認められる。

4  損害の填補

(1)  被告が原告に対し本訴請求にかかる損害部分の填補として金五五万円を支払つたことは当事者間に争いがない。

(2)  右のほか、被告主張の治療費、付添看護費、雑費としての弁済分が本訴請求外の損害部分であることは弁論の全趣旨により明らかであつて、本件において、右弁済分を含む損害総額について原告の経年的身体変化の影響を全体的に考慮する必要がないことは前記2に述べたとおりであり、その他本件において前記3(一)ないし(六)の損害の填補として右弁済分を考慮すべき事情は認められない。

5  弁護士費用 金四〇万円

〔証拠略〕によれば、原告は本訴の提起追行を弁護士に委任し報酬等の支払を約したことが認められるところ、本件事案の内容、審理の経過、認容額等にてらすと、損害の賠償として求めうる弁護士費用は右金額が相当と認められる。

6  拡張請求にかかる損害部分の時効について

本件事故に基因する入院治療に関する損害の賠償請求権は、症状の推移を将来にわたりあらかじめ適確に予測することの困難があることにかんがみ、当初の訴提起により一体として時効中断の効果を生じたものと解すべきであるから、昭和五〇年一月二一日原告拡張請求にかかる損害部分の請求権につき独立の時効消滅を認めることはできない。

四  結論

以上により、被告は原告に対し金四五〇万六二九五円およびこれに対する訴状送達の日の翌日であることが本件記録上明らかな昭和四八年二月六日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があり、原告の請求は右の限度で理由があるので認容し、その余の請求は理由がないので棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、仮執行宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 松本克己)

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